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名古屋

公演概要

吉田拓郎 スペシャルLIVE 春だったね2026 at 愛知県芸術劇場
公演日
会 場
愛知県芸術劇場 大ホール
開 場
18:00
開 演
19:00
問い合わせ
サンデーフォークプロモーション
TEL 052-320-9100 (全⽇12:00-18:00)
主催
  • 東海ラジオ放送
  • サンデーフォークプロモーション
特別協賛

U-NEXT

協賛

ブルボン

チケット

全席指定
¥23,000 (税込)
  • 未就学児童入場不可
車椅子でご来場のお客様へ
  • 車椅子スペースは、車椅子をご利用されているお客様のためのスペースとなります。
  • 車椅子でご来場のお客様はチケットをご購入のうえ、公演日の1週間前(4/6)までにサンデーフォークプロモーション 052-320-9100(12:00~18:00)までご連絡ください。
  • 介助者の方(介助を伴わないお付き添いの方も含む)も、基本的にチケットのご購入が必要になります。
  • ご連絡いただいた際、車椅子の種類(自走式・電動式など大きさや重さ)や、お客様の状態についておうかがいすることもありますので、ご協力ください。
  • 車椅子スペースについては、当日、スタッフがご案内いたします。
  • スペースの都合上、全てのご要望に添えない場合がございますのであらかじめご了承ください。
  • 当日の状況によってはご購入のお座席でのご観覧をお願いする場合がございます。また、ご同行者様と離れてのご観覧となる可能性もございます。
  • ご入場時に障害者手帳等をご提示いただく場合がございます。

SFP WEB 有料会員先行(抽選)

受付期間
2/6(金) 10:00 〜 2/9(月) 23:59
  • 本受付につきまして、SFP WEB会員/有料への入会が必要となります。

受付は終了しました

一般発売(抽選)

受付期間
3/8(日) 10:00 〜 3/10(火) 23:59
お申込みはこちら

リセール受付

3/8(日) 以降に詳細をご案内します。

大 阪

公演概要

吉田拓郎 スペシャルLIVE 春だったね2026 at 大阪・フェスティバルホ-ル
公演日
会 場
大阪・フェスティバルホ-ル
開 場
18:00
開 演
19:00
問い合わせ
サウンドクリエーター
TEL 06-6357-4400(平⽇12:00-15:00 ※⽇祝を除く)
主催

サウンドクリエーター

特別協賛

U-NEXT

協賛

ブルボン

協力

FM COCOLO

チケット

全席指定
¥23,000 (税込)
バルコニーBOX席
¥23,000 (税込)
車椅子席
¥23,000 (税込)
  • 未就学児童入場不可
  • バルコニーBOX席は座席の配置上2枚単位(同行者と含む)でお申し込みください。

    座席位置が高所となります。高所恐怖症の方はご購入はお控えください。

    演出の一部が見えづらい場合がございます。ご了承の上ご購入ください。開演中は着席観覧となり立ち上がる事はできません。

車椅子でご来場のお客様へ
  • 車椅子来場者のみなさまに向け、大阪公演では会場の車椅子席を事前申込で購入できるようにいたします。(定員数には限りがございますので予めご了承ください)
  • 原則として車椅子をご利用されている方に限り、お申し込み、ご購入いただけます。車椅子でご来場される場合は、必ず車椅子席をご購入の上、申込時のアンケート欄に必要な記載事項を必ずご記入ください。(例:手動、電動、ストレッチャータイプ、大型タイプ等)また、公演当日に障害者手帳をご持参ください。車椅子1台につき1名までお付添が可能です。付き添者もチケットが必要になります。尚、車椅子席をお持ちでない方は、チケットに記載の指定された座席にてご鑑賞ください。
  • 車椅子席はステージの見やすさをお約束したものではありませんことを予めご了承ください。お付き添いの方も含めて、必ず着席での鑑賞となります。
  • 車椅子にてコンサートを鑑賞される方は、会場の指定された場所に設ける「車椅子エリア」へのご案内となります。
  • 車椅子の方をご来場者様に含まない場合は、ご入場をお断りさせていただく場合がございます。何卒ご了承下さい。
  • 当日は係員の指示に従っていただきますようお願いいたします。

STAMP 会員先行 (抽選)

受付期間
2/3(火) 12:00 〜 2/11(水) 23:59

受付は終了しました

一般発売(抽選)

受付期間
3/8(日) 10:00 〜 3/15(日) 23:59
お申込みはこちら

リセール受付

4/6(月) 以降に詳細をご案内します。

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注意事項

チケットエントリーの際の注意事項

エントリーされる前に下記の記載内容を全てご確認・ご同意の上、お手続きしていただきますようお願いいたします。

  • 各公演ごとに申し込み方法やチケットの発券方法が異なりますのでご注意ください。
  • 同行者も含め当選された場合に必ずご来場可能な方のみお申し込みください。
    チケット譲渡による代理入場は一切出来ません。
  • 本公演では公演当日に下記の内容より購入代表者様のご本人確認を行いますのでお忘れないようにお願いいたします。

    ご持参いただく身分証明書
    コピーや期限切れは不可。必ず原本をお持ちください。
    1点持参で確認できるもの (官公庁が発行するお名前・顔写真・生年月日が確認できるもの)
    • 運転免許証 または 運転免許返納証明書(写真付き)
    • パスポート
    • 顔写真付きマイナンバーカード(通知カードは不可)
    • 住民基本台帳カード(顔写真付き)
    • 外国人登録証明書、在留カード、特別永住証明書
    • 福祉手帳、障がい者手帳(顔写真付き)
    • クレジットカード(顔写真付き)
    2点持参で確認できるもの
    • 健康保険証(国民健康保険資格確認書)
    • 戸籍謄本(各公演日より3か月以内に発行されたもの)
    • 住民票の写し(各公演日より3か月以内に発行されたもの)
    • 公演当日に18歳以下の方に限り『2点持参で確認できるもの』のうち1点のみで、ご本人確認に有効な【身分証明書】とさせていただきます。
      以上のご本人確認に有効な【身分証明書】を公演日当日ご持参いただけない方はご入場出来ませんのでご注意ください。
  • 同行者は購入者と必ず同時入場となり、購入者の身分証明書の原本を持参時のみ個別入場可能です。

チケットの不正転売について

  • 本公演のチケットは「特定興行入場券の不正転売の禁止等による興行入場券の適正な流通の確保に関する法律」の適用により、不正転売や交換等及び有償・無償に関わらず譲渡する事を一切禁止の上、処罰の対象となります。(購入者の氏名、連絡先確認済)
  • チケットは公式プレイガイド(名古屋公演:サンデーチケットセンター、大阪公演:サウンドクリエーター無料会員受付、及びイープラス)にてご購入ください。
    オークション・SNS・転売サイト・金券ショップ等でチケットを転売・交換・譲渡や、そのチケットを購入することは絶対におやめください。尚、そのような行為が発覚したチケットは全て無効とし、出品者およびエントリー者の当日入場をお断りいたします
  • 転売に関して取引の成立の可否に関わらず、出品を行った時点でご入場不可となります。その場合、チケット代金および各種手数料の返金も一切行いません。

    • 転売その他の有償譲渡が禁止されていること、ならびに違反や転売その他の有償譲渡をした場合には、懲役刑及び罰金刑の罰則があることをご理解いただいた上でご購入ください。

その他の注意事項

  • お一人様2枚まで購入可能です。
  • 未就学児童入場不可
  • お客様都合によるチケットの払い戻しは一切不可となります。
  • 客席を含む会場内に収録および写真撮影のカメラが入ります。収録した映像や写真は、放送・配信や商品化する可能性がございますので予めご了承ください。
  • 座席の位置や機材の影響で、ステージの一部が見えにくい場合がございますが、視界不良を理由とする返金・座席の振替は対応いたしかねますので予めご了承ください。
  • カメラ・携帯電話などによる客席内での録音・録画・撮影行為は一切禁止です。万一、このような行為が発見された場合は、機材の没収及びデータを削除させていただきます。
  • 会場内へのアルコール飲料のお持ち込み・飲酒は禁止です。
  • 会場内は禁煙です。喫煙は電子・加熱式タバコを含め、指定された喫煙所をご利用ください。
  • 公演中にうちわ・扇子・プラカードなどを頭上にあげることは他のお客様の視界の妨げとなりますのでご遠慮ください。またその他のご迷惑な行為が発見された場合は、退場していただく場合もございますのでご注意ください。

お問い合わせについて

  • 前提や想定などに基づくお問い合わせやご質問には、正確かつ具体的なご案内や回答が困難になるだけでなく誤解や混乱を招く可能性があるためご遠慮ください。

吉田拓郎のチケットをご利用いただいている多くのお客様にはルールを遵守していただいている中で大変心苦しいご案内になりますこと、誠に申し訳ございません。重ねてご利用の皆様には、ご理解とご協力のほど何卒よろしくお願い申し上げます。

essay

吉田拓郎スペシャル連載エッセイ

吉田拓郎がその素性を隠して、サンデーフォークプロモーションとサウンドクリエーターのWebサイトで密かに更新されていたエッセイ「T日記・・今は言えない僕の素性」
そして、素性を公表後は「吉田拓郎スペシャル連載エッセイ」とタイトルを改め不定期更新中

第1話

僕がどこの誰であるか?

それは当分の間の「誰だっていいじゃん・・そのうち・・ね」って事にして

この夏の息苦しい程の暑さ・・どなたもが感じられた現実でした

「日本の夏はこんなじゃ-なかった!」・・そうですよね

暑い日でも「その暑さを愛して」時には海へ、時には山へ

皆んなで涼をとりに出かけたし・・出かける気になっていたはずです

この夏、僕は自宅から外へ出る時に、変な言い方だけど

「勇気」が必要だって感じた瞬間がありました

Tシャツにするか?アロハでも着てみようか?

そんな楽しみはまったくゼロで

ただひたすらに目的地へ急ぎ!一刻も早くエアコンのきいた場所へ飛び込む

もしかしたら・・来年の夏も・・

考えたくありません

「日本の四季」はスペシャルなものだと信じきって生きてきました

春や秋は短いけれども「心がダンスする」存在だったのです

これから本格的な冬です(秋は・・あったのか?)

体験した事のない「好きになれない冬」にならない事を祈りながら

お気に入りのダウンジャケットやフリ-スパンツを出しました

え?

「アンタ・・どこでそんなの買ったりしてんの?」・・ですか

アハハ・・

UクロとかZタウンとかでネット購入に決まってるじゃ-ないの(笑)

第2話

雨が降らないかぎりは午前中に10分程度ではあるけれど

お決まりのコ-スをウオ-キングします

歩く事を続けるようになったのは

あの「コロナ」の恐怖が世界中を襲っていた頃に

ある日、自宅の近くにある郵便ポストに封筒を投函した帰り

マスクを外して外気を思いきり胸いっぱいに吸い込んだ事がありました

その時の「空気の美味しかったこと!」

以来です・・毎日歩こうと思いつきました

僕の住む町は近所に緑も多く、散歩道としてもgoodな環境です

そして外国からの家族連れも多く住んでいるので

朝のウオ-キングでは、そう言う方々とも普通に出会う事になります

現代は日本にも地球上のあらゆる国々からの移住者や

仕事上での滞在者が溢れるように住む時代となりました

ご近所さんの立ち話の風景の中にも異国のお顔が普通に存在します

子供を幼稚園や学校へ引率するママ・パパ

愛犬の散歩を朝の日課にしている人

自分の健康のためランニング・ジョギングする人

そういう人達と毎朝すれ違う事になっているので

ウオ-キングを始めた当初は気にしていなかったのですが

この頃は、ちょっとした顔見知りな関係(と言う程でもないのですが)

「グッドモ-ニング」くらいは・・声かけしようと言う気になっていて

(多分アチラも僕と同じ気分なのではないかな?)

実はこの事が「ややプレッシャ-な感じ」が・・し始めてるんですよ

大体ねえ・・どこの国の人なのか?僕も「よくワカンネ-」のに・・

例えば、小さなワンちゃんと一緒に散歩をしている白人のオジサンに

「グッモ-ニン・・ユアパピ-・・ソ-キュ-ト・・」な~んて・・

社交辞令的な言葉を僕が発したとして

オジサンが「xxxx xxxx xxxx ・・・・」

(どこの言葉か?僕にはワカラナイ・・が・・多分ドイツ語?)

僕「オ-・・ユ-・・ジャ-マニ-?・・ナイス・トゥ-・シ-・ユ-」

な-んて・・慌てて・・とりつくろって・・

そして・・つけ加える事が許されるなら(許してね)

この辺りの早朝散歩で出会う「ドッグ様たち」の態度のデカイこと

「おい、そこのチョット伏し目がちに前から歩いて来るオッサン!

アタシはこのまま真っすぐ進むからアンタ道を空けなよな-」

まるで徳川5代将軍の後ろ盾でも・・あるかの如き・・このお犬様の態度

そんな毎朝のウオ-キングって

正直に言って「うざい」(笑)

そろそろ「コ-スを代えようかな?」アハハ・・

第3話

僕はスポ-ツが苦手だったわけではない

中学・高校と「部活」をやるほどではなかったが

例えばソフトボ-ル大会をクラス対抗でやったりする時には

必ずピッチャ-かファ-ストベ-スをやらされていたし

打っても2番とか5番バッタ-を任される事が多かった

しかし何故か・・文科系のクラブ活動に参加する事になる

原因は「放課後に学校に残り汗をかきながら努力する」という姿が

僕の10代の心の中では拒否反応を示していたようだ

では・・アンタは何を・・どう考えていたのか?

「せっかく授業が終わったんだから放課後は毎日女子生徒達と話したい」(笑)

ところが・・ここからが重要なポイントなのですが

スポ-ツ系の部活には多くの僕の憧れの少女たちが存在したのに

僕が入部した「そうでない系」のクラブには

少なくとも僕が胸をときめかした女子生徒は1人も居なかったのです

さらに言えば・・彼女達も僕には何の興味も示しませんでした

(早い話が・・モテナイ・サエナイの典型的なダメ高校生が僕だったのです)

放課後の「素晴らしい青春の時間」を期待して男女共学の進学校へ入ったけど

実際には毎日が「モンモンとした」学園生活となったのでした

それにしても・・覚えているのですが

バスケットボ-ル部と水泳部の男子生徒は本当にすんごく「モテ」でした

もし生まれ変わって、もう一度青春の季節が来るのなら(来ね-よ)

僕は絶対に「サッカ-部に入ろう」と決めております(勝手にホザイテナ)

第4話

マンション暮らしが長くなった

元々は一戸建ての住宅指向が強かった僕なのだが今のマンションに住むようになって概ね28年は経過したかな?

共同住宅だから、それなりのル-ルも存在するのだけれど

逆に1軒屋での不便さが無い点も実感していて

例えば「ゴミ」の事などは管理人が常駐するマンションの方が何かと便利だし機能的だと言えるような気がする

人間は、いずれ老化という避けられない季節がやって来る

戸建てよりマンションの方が合理的と言う一面も確かだ

僕の寝室&仕事部屋には少し大きめのベランダがあり

(ハワイではホテル等のベランダをラナイと呼ぶ)

北側なんだけど4階で周辺がひらけているので陽当たりは良好

ここに入居した頃のマンション植栽のデザインと言えば1種類の低木の木々で生け垣式のスタイルだった

知り合いのガ-デニング氏と相談して、我々夫婦が住む環境は「季節ごとに楽しめる」をテ-マにしたいとリクエストして

「銀梅花(ギンバイカ)・シャリンバイ・ヒメタイサンボク・台湾椿そしてアカンサスに南天」の木々で全面を植え替えた

マンションの外部から見ると、確かに我がラナイは統一感が無い

でも、部屋の中から毎日、外を眺めたい僕にとっては実にバラエティにとんだ「目の保養」的な景色なので毎朝、部屋のカ-テンを開けるのがマジ楽しいんだ

南側のリビングル-ムにもちょっとしたラナイがあり

そこには昨年から「レモンの木とハイビスカス」を鉢植えで置いてみた

この「レモンとハイビスカス」が今年の夏の異常な暑さに反応したらしく

レモンは合計で10個ほどの実をつけたが

その「実」がヤケに大きく成長して、通常お店とかで見るレモンの2倍

あるいは、それ以上の大きな実となって、正直驚きを隠せない

レモンの実の可愛いイメ-ジを想定していた僕としては「高知県や九州で有名な文旦(ザボン)みたい」という感想なのだ

そして大好きなハイビスカス・・

これがナンと!僕の身長よりも(僕は約177センチ)大きくなって・・

つまり僕の背丈より高い位置に咲くハイビスカスなんて

ハワイ好きの僕も「マジで見た事ありません!」なのである

ガ-デニング氏曰く「異常な暑さに植物も反応したようですね」との感想

この夏、自然環境の変化にベランダの植栽達が反応した結果のようだ

このように「体験した事の無い暑さ」の夏だったが

妻と僕だけは、普段とかわらない日常だったようで・・

二人とも行きつけのヘアサロンとか、お世話になってるお医者さんとか

そこを除くと・・ズ-ッと・・家に(部屋に)居たような気がする(笑)

夫「僕達この夏、何をしてたんだろうね-?」

妻「食べて寝て・・テレビに文句言ってた・・だけかもね」

我がマンションにいるかぎり僕達夫婦は時の流れや時代のトレンドとは

どうやら無縁の日常・・と言う事になるようである

追伸:文中のある部分で、僕の素性が少しバレたかも?

なので次回から少しずつ白状いたします

第5話

大学の学生時代、同じゼミを選んだ同級の中に裕福なヤツも居て

その池本君は「日野コンテッサ」というカッコイイ車で登校していた

ゼミは「アジア社会学研究」という・・まあ、はっきり言って退屈な時間で

*余談だけど僕は卒論で「アジアの音楽と洋楽の世界」という長文を原稿用紙100枚程度に書いて提出し・・無事に卒業OKとなったが後から考えると、どうも教授が「何だ!こりゃ-・・ワケのワカラン屁理屈を

グダグダと並べやがって!あ-もう面倒じゃあ-」って卒業のハンコを押した?と・・推測している(大笑)

池本君と僕はゼミの途中にソッと教室を抜け出して市内のパチンコ屋へ飛びこんだり喫茶店でコ-ラを飲みながらガ-ルハントする事が多かった

あの時代の僕達にとっては映画などで目にする「アメリカの青春」という言わば「憧れ」のテ-マが誰にも存在していたと思うその憧れや夢を実現する最大の「道具」と言うのが「車」だったのだ

だけども自分の車で登下校したり、ガ-ルフレンドとドライブするなんてはっきり言って、大学内でもほんの1~2名の学生が存在する程度で当然の事だけど、僕なんかには「夢のまた夢」で手の届かない世界だった

東京で暮らすようになって、マイカ-が必要な日常となりいよいよ僕の「ドライブ遍歴」がスタ-トする事になる

1975年にベンツSLで静岡県まで東名高速を使ってドライブする事が増えて

車の中でオ-ルディ-ズのアメリカンポップスをガンガン鳴らしながら

そして一緒に歌いながら運転するのが好きだった

また雨の日にわざわざワイパ-を動かしながらのドライブも楽しくて

「車という空間」を1人で過ごす時間を愛するようになっていた

来年の夢は・・名古屋までドライブする事と、もう少し足を伸ばして

大阪まで行けたら!という大きな願望がある

実現に向けて僕の心と身体の準備が始まっているのだ

歴代の愛車

1、スバルREX 2、ホンダシビック 3、ジャガーXJ6 4、フォードムスタング 5、アウディ50赤 6、ベンツSL450グリ-ン 7、ベンツSL450白 8、BMW320i 9、同じくオープンCarのBMW320i 10、ポルシェ924 11、スズキジムニー 12、ジープラングラー 13、ベンツゲレンデバーゲン 14、アウディA1 15、BMW116i 16、ミニクーパーBMW

番外編

安青錦の大活躍!ご覧になりましたか

21歳のウクライナ出身そして次場所からは「大関」に昇進確実!

スゴカッタですね-

僕がこの力士に驚いたのは、その「技(ワザ)の素晴らしさ」でした

相撲ファンならご存知とは思いますが「内無双(ウチムソウ)」っていう見事なワザ

相手の股の内側に手を添えて少し「払う」ようにしながら引いたりヒネッタリ・・

相撲の「決まり手」について詳しい事が知りたい方は

「大相撲決まり手四十八手」でどうぞ(48手は昔からの由来で現在は82手だそうです)

で、この「内無双」ですが、こんなワザを使う力士って日本人力士でも見当たりません

安青錦はこのワザで大関・横綱でも負かしちゃうから驚き

来場所からは大関として土俵に登場です

若くてカッコイイし、インタビュ-なども言葉少なげなところが高感度upだし

親方が元「安美錦」ってのも相撲ファンならウケがいいだろうし

このブ-ム!マジ続きますね

第6話

僕は、ほぼ月に1回ヘアサロンでカラ-リングとカットをやります

担当している女性ア-ティストはまだ20代の若くてチャ-ミングな人

彼女の手元が空いた時に必然的にお互いの趣味や遊びが話題になります

若い人達が興味を抱き、そして行動に移るスピ-ド感などを見ていると

僕などの世代が体験した空間とは大いに異次元の青春が見えて来ます

僕「今度の連休とかは、どうするんですか?旅とか計画してるの?」

彼女「私、これから国内外を問わずに、いっぱい旅行したいんですよね・・どこか、オススメの所ってあったら教えて下さいよ」

僕「僕もねえ仕事で色々な街とか国へ行ったけどやっぱりプライベ-トで、となると・・ハワイが好きなんだなあ」

彼女「ハワイって日本人とかアジアからのリピ-タ-もすごく多いんでしょう?私も新婚旅行はハワイだねって彼と話してますよ」

僕「うん、結婚式とかも・・ハワイで!って人は多いよね」

彼女「でも今ここでスグに何処へ行きたいか?って聞かれれば!やっぱり」

僕「アッ・・もう言わなくても何となくわかりますよ・・ハイ・・」

ヘアサロンの彼女は、週末とかに仕事の空き時間が見つかりそうになると

まよわず旅行代理店に連絡し「韓国へのチケット」を買っちゃうそうです

彼女は20代の若者ですが、その母上も父上も韓国大好きなファミリ-とか

「ちょっと時間が出来た」と感じた瞬間に浮かぶのは国内旅行でもなく

ひたすらに韓国の風景だそうです

そしてヘアサロンでの我々の会話の最後は必ずこうなります

彼女「早く旅行計画して1度でいいから韓国を味わって下さいよ!本当に楽しい美味しい居心地の良い所なんですよ~」

僕「え-・・あ-・・はい・・今度こそ・・ちゃんと考えますね・・」

(この男・・絶対に・・考えたりしない・・ヤツのような・・気が・・)

第7話

名古屋サンデ-フォ-クの伊神さん&大阪サウンドクリエ-タ-の上田さん

長いお付き合いになっております

僕の話に耳を傾けていただいて心から感謝であります

上田さん・・そうなんです!僕は大阪の「たこ焼き」が大好きなんです

あの美味しい「たこ焼き」が食べられるのであれば・・

今、アナタは笑ってるかも知れないけど・・僕は「やると言ったら」やります

以前に東名高速をポルシェでぶっ飛ばして大阪へ向かいました

大阪の「たこ焼き」が食べたい!という気持ちが僕の背中をケッ飛ばし

名神高速道路上の名前も知らないサ-ビスエリアまで

アナタに車を引き受けに来てもらった事があったじゃ-ないの(笑)

もし実現するなら東京~大阪間くらいであればワンボックスをレンタルし

車内ではチ-ム皆んなで歌いまくろう(修学旅行だね)

「愛するタコ焼きは・・もうすぐだア~~」

伊神さん・・名古屋なんて僕の車でのドライブなら3時間もかからずに

到着してみせますよ!途中で愛するサ-ビスエリア2ヶ所で撮影を楽しみ

着いたら、まずホテルの部屋をいつものスイ-トル-ムでお願いします

そして愛する「天むす」を食べに行きますので

最も高名な天むす屋さんを貸し切りにして下さい(大笑)

軽く腹ごしらえが出来たらアナタの良くご存知の店に連絡して下さい

出来れば「骨まで愛して」を歌える店が良いでしょう(歌うのはモチ伊神さん)

東名高速で名古屋行きとなると景色も最高、素敵なドライブが楽しめます

行くぜえワンボックス!ドライバ-付きで豪華にレッツゴ-!

「愛する天ムスは・・もうすぐよ~~」

第8話

ちょっと昔の話になります・・

僕はこの世界に飛びこんだ頃に「テレビ嫌い・マスコミ嫌い」

というレッテルを貼られました

でも学生時代にはテレビの音楽番組に大いなる影響を受けていて

憧れの歌手にファンレタ-を書いたりするような(誰??言えません)

そんなロ-カル色いっぱいのティ-ンエ-ジャ-でした

「運命の道」って言うのでしょうか

自分がプロとしてスタ-トを切った時代が・・悪すぎました

当時メディア界では「先輩とかキャリアや権威」というモノが幅を利かして

そういう人達が「年長」という事だけで必要以上の威嚇的な態度で

僕のような「かけ出しのニュ-フェイス」に対応していたのです

誰にも理解されない「苦痛・憤り・悲しみ」を僕はしばらく味わう事になります

その結果、僕は自ら声を大にして「テレビでは歌いたくない、テレビには出ない」

4分前後の僕の曲を「フルにオンエアする番組でないと出演しない」と

事あるごとに発言し続けたのです

そして「テレビ嫌い」のガンコ者としてイメ-ジが出来上がって行きました

さて時は流れて現代・・そんな時代も遠い過去となり

ふと振り返りながら、その後の自分のメディアとの付き合いはどうだったか

今になって良く考えてみると・・アハハ・・

テレビに「いっぱい出ていた」事になるのですよ(大笑)

どんな番組だったか?詳しくは・・またの機会に

「テレビには出ない」が基本的な姿勢だった僕の「出ない理由」というものが

時代の大きな変化でほとんどの「言い分」が受け入れられるようになりました

4分前後の長さの曲を1番だけ歌ってスグにサビ部分からエンディングへ・・

つまりは2分以内にまとめてしまう(縮めてしまう)

という考えられない時代が,過去にテレビの歌番組で実際に存在していて

歌番組の関係者からは「出してやる」という、全てが上から目線での

僕等へのアプロ-チが現実にまかり通っていた時代があった・・

なんて・・今やマジで・・「うそみたい」な・・ホントの話しなんです

あ~~つくづく・・僕も古くなったもんだね~~

第9話

「青春」という季節がありました!

それはそれは・・もう・・ひと言では話しきれない不思議な季節だったのです

「甘く・せつなく・苦く・夢多い」それはとても簡単には解説不能の季節

そして、その青春は「その人にしか味わえない」唯一無二の思い出となります

僕は高校生の頃からラジオという存在に夢中になりました

特にラジオから流れてくる「アメリカンポップス」に身も心も奪われました

リックネルソン、デルシャノン、ニ-ルセダカ、ポ-ルアンカに

コニ-フランシス、シェリ-フェブレ-、ロネッツなどの全米でのヒット曲は

日本のヒット歌謡曲とはまったく違うサウンドとボ-カルで

それこそ「青春の香り」がいっぱいで、僕は身も心も溶けるような快感を

アメリカンポップスから感じ取っていたのでした

「ラジオ愛」と言ってもいいでしょう

月日が流れ、気がつくと僕はラジオの送り手側に居て

今度は僕の方から音楽をリスナ-の方々に届ける毎日になっていました

そして、そこでも僕の「ラジオへの愛と信頼と期待と夢」は大きく拡がり

「ラジオでなければ伝えられない音楽の素敵」を送り続けて来たのです

ラジオの魅力を、たったひと言では語り切れませんが

長い間スタジオから番組をお送りする側に居た僕の

ちょっとヒネタ?ラジオ論は・・

「ラジオは話している人物の表情や、その人がその日に着ているウエア等

すべてを想像するしかない・・話し手のその日の体調も見えにくい・・」

「想像させる空気感」こそがラジオの魅力?

テレビはすべてが見えている

ラジオはウソが見えにくい(笑)

今年も12月・・すぐに2026年がやって来ます

多分・・でも間違いなく・・でも・・きっと?・・2月になれば・・

「ラジオを通じて」ですよね?名古屋のI君そして大阪のU君!

第10話

世の中を欺かんとする、ありもしないテメエ勝手な作り話や

「そうする事」で自分だけ自己満足、自己陶酔する小心者のエセ発信が

後を絶たない事は・・残念ながら・・ですね

ネット社会がもたらした大いなる利便性に感動しながらも

時として考え込んでしまうテ-マも又、永遠なような気がします

私達はいったい何を信じて、どこへ向かって人生という旅を続ければいいのか

昔・・そう・・(もう昔の話になっちゃってますけどね)

あのボブ・ディランが若くして歌った「The answer is blowin in the wind」

ディランの歌詞が、50数年経過した今でも「まったくそうだよねえ」って

納得させるのは、彼がノ-ベル賞をいただくような偉大なる詩人だったから・・

いいえ、20代の若者だったディランと私達とは、そんなに違わない青春を

「憧れ・希望・現実・恋愛・失恋・苦悩・夢」と伴に生きていたはずです

あの曲の「答えは風の中にあるんだよ」と言う1フレ-ズ

その1フレ-ズこそが、時代を超えて私達の心の奥にある永遠の想いを

歌ったフレ-ズでした

そのディランの言葉に僕達は大いなる納得と、さらに言えば

「まだまだ歩いて行こう、旅は永遠に続くのだから」と言い聞かせたのでした

「風」は私達1人1人の思いを感じながら「それぞれの道の途中」で吹いている

私達は、その時々に、そこにある風に吹かれながらヒントを見出せば良い

その人それぞれに「風の中にある答え」を探し出せば良いのだと

ディランの曲は教えてくれました

ネット社会では「ありとあらゆる人間」が「ありとあらゆる言い分」を

吐き出しています

ありとあらゆる風を自分流に受け止めながら、ゆるやかな心を養いたいです

な~んて言いながら・・僕は今日も安青錦のYouTube動画を観ながら

「もっと安青錦のワザを仕掛ける瞬間を撮影しろよ!アイドルじゃ-ね-んだぞ」

そして、若い力士たちを「入り待ち・出待ち」するオバサン達の映像を観て

「・・・・」

それとボブ・ディランの話しと何の関係があるんだい?(笑)

第11話

映画「ラブ・アゲイン」は、スティ-ブ・カレル、ライアン・ゴズリング、ジュリアン・ム-ア

エマ・スト-ンetcが出演の最高に楽しいラブコメ映画で

若くてモテモテの遊び人ゴズリングに、妻が浮気してショックのダサダサ男カレルが

今どきの遊びのテクニックを習う事になります

カレルが履いていたギャップのジ-ンズを見て

「あの高名なスティ-ブ・ジョブズなら似合うけど

アンタみたいにダサイ中年男はヤメトケ!」と

ゴズリングに叱られるシ-ンがありました

  

さて・・僕はジ-ンズは、そのギャップやバナナリパブリック党なのです

ゴズリングさんに叱られる男です(笑)

価格も手ごろでスタイリングも好きだし、ネットでも手に入るのが嬉しいし

世界的なファッションハイブランド各社が

当初は「ジ-ンズなど作りません」とか言ってたのに

十万円以上は当たり前なんてジ-ンズを販売する昨今となりました

ジ-ンズの自然な色落ちや着古し感は長い間それを愛用する事から生まれます

「人間も同じだ」とおっしゃる方もいらっしゃいます

年月を経て味のある人間像とかを確立する・・なんて・・ね

でも、まあ、しょせん僕には・・無理な話しです

それに、ほら、さっき言ったファッションのハイブランドさん達だって

「不変で不滅のデザイン」なんて言うけど・・結局は各社とも時代に沿った

流行のデザインを作らざるを得ないのが現実でしょう?

例えばジ-ンズも時代時代で流行が変わりましたよね

パンタロン、スリム、ロ-ライズ、ル-ズ、スキニ-、テ-パ-ド、ワイド・・・

人生は「不滅とか永遠とか」確かに理想像が語られる事が多いです

でも、やはり僕には無理・・

行き当たりバッタリだったり、その場で間違いの判断をしたり

後悔がいっぱいで、反省も満足もゴッチャ混ぜの人生

このまま進んで行く事にしますよ

お気に入りのギャップ・スリムジ-ンズと一緒に!

第12話

さて・・と・・そろそろ・・我ながら限界を感じておりますので(笑)

「私は誰でしょう」な~んて・・曲を歌っていた時代もありましたが

(知ってる人は・・居ないかもねえ)

実はワタクシ・・名古屋サンデ-フォ-ク社長の伊神さん

大阪サウンドクリエ-タ-社長の上田さん

お二人とは、現在毎月1回のペ-スで東京は虎ノ門にある

ラグジュアリ-なホテル「オ-クラ」のレストランで密会を重ねております(大笑)

オッサン3人が毎月そこで「何をたくらんでいるのか!」

それについては・・もうすぐお話できる時が来るので、チョイお待ちを

2026年はチョット面白い年になりそうな・・今のところ・・予感がしております

さてワタクシですが

第8話で書きましたように「テレビ嫌い」と言われた人間にしては

テレビに良く出ていた、というお話をいたしました

音楽番組への出演も「夜のヒットスタジオ」「ミュ-ジックフェア」

そして・・まあ・・「紅白歌合戦」にも・・(オメ-出すぎだろう!って言われそうです)

そうやって色々な番組にゲスト出演するばかりか

レギュラ-番組だって沢山やりました

「地球ジグザグ」「YOKOSO」「T2ショ-」「お喋り道楽」

CM・CFで歌うだけでなく登場までしたり・・まことにお騒がせいたしました

そして・・あの・・「LOVELOVEあいしてる」の話しが飛びこんで来たのです

Kプロデュ-サ-の「音楽を愛する番組です」という説得に心が動きましたが

それでも不安は関西出身という2人の少年の存在でした

その頃の僕は、自分が年齢を重ねて来た現実から「若者キライ症?」でした

(若い連中が胸張ってさっそうと歩いてるだけでケリを入れたくなる病気です

  ・・・・そんな病気・・・・アルンカイ?)

あの頃の僕は、もしテレビでレギュラ-番組を任されるのであれば

アメリカで人気番組だった「エド・サリバンショ-」みたいな

「権威ある音楽番組をやりたい!」とKさんにも常々訴えていたのです

しかし「LOVELOVEあいしてる」という番組が始まって僕はスグに

2人の若者の素晴らしい才能に驚きと感動を隠せませんでした

この2人の持つチャ-ミングで神秘的で抱きしめたくなるような存在感に

僕は自分が虜になりそうな、抑えきれない気持ちになって行きました

まだ10代だった彼等の行く手にはサンサンと輝く道が見えていたのでしょう

僕の不安はアッと言う間に消えて

「2人について行こう!彼等を後ろから支えよう!」と言う

「純」な心が芽生えた瞬間だったのです

そして時間と共に僕の心は番組に参加してくれた人達への

「ありがとう」でいっぱいになって行きました

もちろん!この2人はアッと言う間に大スタ-への坂道を駆け登って見せました

そんな若者たちと一緒に素晴らしい番組を持てた事は

僕の人生に大きな変化と「消えそうになっていた夢」を再び「追い求める力」を

呼び覚ましてくれたのです

はい!ワタクシは吉田拓郎と申します

皆さま良い年の瀬と素敵な新年をお迎え下さい

第13話

色々あっても・・新年は新年です!

昨日まで(大晦日まで)ちょっとマイナスなイメ-ジを感じていても

そこはそれ!新年なんだから・・って事で気分を一新していいですよね

「あけまして・・」って言うんだから「もう新しい世界が開いた」って事でね

さあ!2026年です

僕は「やりたい事」がいくつかあります

「音楽はやめない」と2019年名古屋でのLiveでメッセ-ジしましたが

色々な場面へのリタイアは事実で現実です

僕は僕に今やれる事・やる自信がある事・その事を共有する仲間がいる事

を大前提に「音楽をやめない」自分流ポジションで日常して行きます

それから、こんな夢を抱いているんです

僕の愛車遍歴は5話のエッセイで書きましたが

車を買い替えると必ず東名・名神高速道路をドライブしていました

もちろん1人で自由気ままな遠出を楽しむのです

途中に何ヶ所か僕のお気に入りのサ-ビスエリアがあります

そこで地域の名産を食べるも良し

アイスクリ-ムで疲れを癒やすも良し

素晴らしい自然の風景を楽しみながらドリンクでノドを潤すも良し

そして自撮りで・・ハイ笑顔

あ-想像するだけで・・もう心は空を飛んでいるのです

「お~い・・なんとか・・してくれよお~イカミい~ウエダあ~・・・・」(大笑)

第14話

1960年代に広島で学生時代に音楽を一緒に育んだ仲間

彼等との数年間こそが後の吉田拓郎を支え続けた「音楽という命」でした

4人組のR&Bバンドで「ザ・ダウンタウンズ」と言いました

有名な関西の漫才コンビ「ダウンタウン」が登場する、ずっと前の時代に

ペトラ・クラ-クという女性歌手がアメリカンチャ-トで1位に輝いた

大ヒット曲「Downtown」日本では「恋のダウンタウン」として大ヒットした曲

からヒントを得て僕がバンド名にしたのです

毎週の土曜日はお隣の山口県岩国市にある米軍キャンプで米兵相手に

アメリカンポップスを演奏しました

アメリカがベトナム戦争に米兵を送り出す拠点となっていた基地でしたので

複雑な兵士達の心境が伝わってくるステ-ジだったのを覚えています

ニ-ルセダカ、リックネルソン、ポ-ルアンカ等のヒット曲を演奏すると白人兵が喜び

オ-ティスレディング、マ-ビンゲイ、ジェイムスブラウンを歌うと黒人兵が拍手する

僕等4人は、あの頃まだ現実が理解出来ていない若造だったのです

(戦争は絶対に!!いけませんよね)

70年代の初期になり東京でプロの道を模索しながらの挑戦が始まりました

時代は和製フォ-クブ-ムへの入り口の頃?だったと記憶します

後先を考える余裕もなく、その時の成り行きに従うだけの無知なロ-カル出身の僕は

当時、所属する会社の言うがままに、彼等の思惑通りの路線に乗っかって

日一日をひたすらに生きていたのです

「どうしてこんなに悲しいんだろう」を生み出した時代でした

広島時代のバンドのリ-ダ-だったM君は、ほとんど僕の活動には興味を示さず

僕がヒット曲を出せるようになっても音信不通の状態が続いていました

が・・ある時・・泣きたくなりそうな便りが届きます

上京して、既に6~7年以上の歳月が流れようとしていました

人気のアイドルグル-プだったキャンディ-ズに「やさしい悪魔」を書きました

ベ-シックなコ-ラスアレンジやブル-ジ-なB-3オルガンの投入などを

僕自身がリクエストして完成したサウンドがM君のハ-トに初めて響いたのです

「拓郎のLPにも毎回のように何曲か、それ風な音楽が入っていた事は知っています

でも以前から僕が日本のフォ-クって好きじゃない事は君も知っての通りです

そもそも日本に本物のフォ-クなんて存在しないし、それに和製フォ-クソングは

音楽的にレベルが低すぎるよね

僕は今もやはり、あの頃のバンド時代と同じようにガンコ者です

だから言います「やさしい悪魔、気に入りました僕の大好きな拓郎はあの頃のままだった」

50年・60年代アメリカンポップスは永遠・不滅のポピュラ-ミュ-ジックの土台を築きました

その後の世界のポップスシ-ンは「あらゆる場面」でその影響を受けて成長を続けています

僕はアマチュア時代に土台となった音楽「R&B」を常に意識し続ける事で

音楽のジャンルや名称を越えて曲作りを自由に発展し続ける事が出来ました

「フォ-クのプリンス」「フォ-クの貴公子」・・アハハ・・誰が~?

そして「フォ-クの神様」なんて・・そりゃ~言い過ぎです(笑)

吉田拓郎は1人のギタリスト、1人のシンガ-ソングライタ-

そして音楽プロデュ-サ-を目指した鹿児島生まれ広島育ちのロ-カル人間です

それが証拠に・・12月に愛器テレキャスタ-の「ネックの太さがイマイチ」と

楽器屋さんに修正を頼んで、毎日仕上がりを首を長くして待っています

どうして?今ごろギタ-の修理なんて・・・・・・。

「イカミい~~ウエダあ~~・・・・・早く今年1回目の密会をやろうよ~」

第15話(名古屋編)

名古屋という空気感に何らかの不思議な「エニシ」を感じているのは事実です

僕が70年代の初期に日本では誰もやっていなかった全国ツア-を始めた頃

名古屋に存在した照明チ-ムが上京し、僕のツア-スタッフとなりました

日本で初の「音響、照明、ステ-ジ制作etc」をすべて東京でチャ-タ-し

全員が1チ-ムとしてレッスンを重ねた結果を全国ツア-で発表する

そんな全国規模のツア-システムがスタ-トしたのです

その過程で大いにエネルギ-を発揮した照明チ-ムのリ-ダ-だった人物が

実は1979年の「篠島オ-ルナイトLive」の場所決定にも影響力を発揮しました

1975年「静岡県つま恋オ-ルナイトLive」の後、僕のツア-スタッフ達の間では

「オリンピックみたいに4年に1回のオ-ルナイトLiveをつま恋で開催したい」

という案が固まりつつありました

ですから4年後の「篠島案」には多くのスタッフが驚きの反応を示していたのです

その後も全国ツア-で名古屋へ来ると必ず照明チ-ムリ-ダ-の案内で

Live終了後に「女子大通り」(現在はこの呼び名は無いのかな?)

という繁華街でバンドメンバ-全員を引き連れ

朝まで食べ・飲み・歌っていた記憶があります(70年代の想い出です)

そして10年後に再び、この場所のある店を訪ねた時の事です

突然、店内のスピ-カ-から城卓也さんのヒット曲「骨まで愛して」が流れて

で、よく聴くと・・古いカセットテ-プのような音質の悪さが目立つし

そして・・歌ってる声は?うん??・・

その声は若かった頃のほろ酔い気分の吉田拓郎ではないですか!

店長に伝えました「即刻にこの録音テ-プを削除せよ!」(笑)

僕の愛妻「KAYOさん」の母上は「有松絞り」で有名な有松町の出身です

なんだか「ご縁」という程でもないけれど・・

僕にとって大切な人達の顔が浮かんできます(皆んな今は天国でハワイ談義)

2020年にツア-としては最後になるであろう規模のコンサ-トを

企画していましたが、無念にもコロナ禍によって中止となりました

でも2019年の名古屋国際会議場センチュリ-ホ-ルでの

僕のツア-史上初めて!の「拓郎の作詞作曲に限ったセットリスト」での

完璧なステ-ジが文句なしのベストLive!と胸を張れる出来となりました

月日は流れました、遠い過去の1ペ-ジと割り切る事も出来そうですが

ある日、サンデ-フォ-クの伊神さんに声をかけました

「伊神君、名古屋で青春を完結させたい!なんて・・夢なのかなあ」

沢山の想いと、そしていっぱいの夢を抱きしめて

さらに僕が愛し育んで来た「吉田拓郎という音楽」

ご一緒に2時間の旅をしませんか!

2026年1月 それは「春だったね」 吉田拓郎

第15話(大阪編)

2009年7月8日午後3時過ぎだったと思います

僕は総勢20名前後のビッグバンドグル-プwithSeoとの

入念なリハ-サルをやっていました

「グランキュ-ブ大阪」での出来事です

前日の午後に新幹線で大阪へ向かいましたが

途中で体調の不良を強く感じ・・名古屋で途中下車し

駅前のホテルの1室で3時間ほどベッドに横になって回復を待ちました

夕刻5時頃に、少しだけ気分が回復気味に感じたので

再び新幹線に飛び乗り大阪へ向かったのです

ホテルのル-ムサ-ビスで1人夕食を簡単に終わらせ

そのままベッドへ・・しかし・・その夜はよく眠れませんでした

翌日の会場でスタンバイしていたSeoグル-プとのリハ-サル中

3曲目だったでしょうか?突然でしたが立っているのがキツイと感じ

そのまま・・その場に座りこんでしまいました

「瀬尾ちゃん!ダメだ・・どうしたんだろう?歌えそうにない、身体がつらい」

楽屋で、アレンジの瀬尾一三&サウンドクリエ-タ-上田氏と話し合いに

あらゆる可能性も考慮します(開演時間を遅らせる・・途中休憩を入れるetc)

話し合いながらも・・僕の体調は回復する気配がみられませんでした

無念・・涙・・「今夜のLiveは無理」との決断に至ったのです

中止を決定した場所が、会場の楽屋という神聖な場所だっただけに・・

体験した事のない哀しみに襲われました

僕は体調不良のまま逃げるようにして(まるで逃亡者の如く)

マネ-ジャ-氏とヘアメイクの友人の運転するワゴン車で阪神から東名高速を

ノンストップで、深夜遅くに東京の知り合いの医師の元へと向かったのでした

・・・・以来ずっと心のどこかに・・消えないで存在する感情があります

「あの日、大阪Liveを開演直前に中止した悔しさと

会場に足を運んでくれた方々への心残りが消えていない」

月日は流れました、遠い過去の1ペ-ジと割り切る事も出来そうですが

ある日、サウンドクリエ-タ-の上田さんに声をかけました

「上田君、大阪でもう一度ステ-ジに!なんて・・夢なのかなあ」

沢山の想いと、そしていっぱいの夢を抱きしめて

さらに僕が愛し育んで来た「吉田拓郎という音楽」

ご一緒に2時間の旅をしませんか!

2026年1月 それは「春だったね」 吉田拓郎

第16話

2月の初旬あたりにニッポン放送でスペシャル特番を予定しています

名古屋○○放送、大阪××放送でもオンエアされます

この春、出来れば「僕の誕生日のあたりがいいなあ」って思っていましたが

本当に「たった2ヶ所ですがスペシャルLive」をやる事になりました

詳しくは、この特番でお話いたします

僕の愛するサポ-トバンドメンバ-も確保しリハ-サル日程も決定です

2回のステ-ジでも、僕のリハ-サルは普段通りにキッチリ!ハ-ドに!

どうしてこの企画が成立し得たのか?

東京のホテル「オ-クラ」で約半年におよぶ月1の密会(笑)が行われ

何が話し合われたのか?

名古屋サンデ-フォ-クと大阪サウンドクリエ-タ-の社長お二人にも番組に登場していただく予定です(お二人とも今からビクビクのようです)

え?名古屋行きや大阪行きの方法ですか?

もちろん普通に新幹線で・・・・・・あり得ません(笑)

お二人の社長さんを巻き込んで何時間あるいは何日かかろうとも、時速80キロ厳守でのドライブが私達「いい歳こいたジジイたち」を待っているのです

「遅れて来た修学旅行だ!記念写真いっぱい撮ろうぜ!」

第17話

例えば今回の「僕が2回だけ歌う事」について

世の中ってマジで「うっせ-んだよ!」ですよね

ツア-からはリタイアいたしました

でも知ってる人達は「知ってる」ようにねえ

昨年も作曲活動やスタジオワ-クや結構忙しかったよねえ

今年も「あのビッグ」のための作曲とRecを初夏にやるし

「テレビのレギュラ-番組」とかは卒業しました

この事は僕もハッキリ明言しました

でも「心をひらいた付き合いの人物から誘われれば」

1回だけ!の約束でゲストとかをお受けする事もあるかもね

(ただし・・心をひらいた人・・って・・誰よ-・・居ね-か(笑)

だから「歌いたいから唄う」って言う実にシンプルな人間の本能にもとづいた生き方でありますよ

「ではアンタ!年齢的にどうなの?声は出るの?」

それこそが「ナンニモわかってない」っていう愚問でありんす(笑)

だから、ちゃんと、バンドを集めて、スタジオで数曲を9時間も演奏して立ちっぱなしでテレビカメラを前にして「やった」でしょう!

とても素晴らしい「レッスンだった!」って思わなきゃ-

「あれでタクロ-は確信したんだ」って気がついてくれなきゃ-・・泣いちゃうよ(大笑)

愛用のテレキャスも仕上がりマヂカだし

インタイ・・長嶋選手なら納得・・私達ミュ-ジシャンには向いてない言葉

追伸:現在アレンジ用のセットリスト候補を決定中で

2月早々にアレンジミ-ティング

Live時間も、これまでより、やや長めになりそうか?

大好きだった朝子母ちゃん!天国で笑顔で聴いてくれよね

「王様達のハイキング」を・・ついに・・やりますね

第18話

セットリスト候補曲が出揃いました

現状では30数曲をリストupして1曲ずつ聴き直しています

リハ-サルが始まって、ひと通りサウンドチェックが出来た頃からステ-ジでの演奏曲順を決定して行きます

リハ後半にはコンサ-トのト-タルの演奏時間も出て来ますが

今回はサンデ-伊神さんサンクリ上田さんとの密会で

拓郎「ステ-ジ終了時間がきっと通常よりかなり後になるけどいいかな?」

伊神&上田「大丈夫ですよ!ガンガンやり切って下さいよ」

(こんな会話のどこが密会なんだろう(大笑)

まずはLiveオ-プニングに大いなる熱量を注ぐ覚悟です

このオ-プニングなら!ここまでやるなら!

お客様もきっとご不満はございませんでしょう(丁寧な言い方にしてみました)

2月2日のラジオ「オ-ルナイトニッポン・プレミアム」では開催日、会場などの詳細をお知らせいたします

追伸:名古屋行きはバスをチャ-タ-して同乗を希望しているミュ-ジシャン達と共に色々とサ-ビスエリアに寄り道しながら休憩しながらの東名のんびり旅になりそう

伊神君!君ももちろん一緒にね!たとえ2泊3日の旅になろうともね(笑)

大阪行きは名古屋まで新幹線で、そこから上田君と伊神君が合流して名神高速の観光旅になりそう

うわ~久しぶりの名神!スンゲエ-楽しみですう~

上田君!車中では関西風の「ギャグ」は要りませんからね(笑)

*たった2回のLiveなんだけど・・行きと帰りだけですんげえ~時間がかかるツア-になりそう

第19話

今回のLiveでは、僕は「生涯のステ-ジで1度もやった事のない!ある事」をやりたいと思っています

それは・・何でしょう?

伊神君と上田君には「告げてあります」

「君たち!・・言うなよ!今度のラジオでも!絶対に・・言うなよ!」

(あ~早くリハ!やりてえ~なあ~)

本日愛器フェンダ-テレキャスSPが僕の注文通りの「ネックを削る」

作業を終えて自宅に戻って来ました

ギタ-のネックを削る・・なんて言うと・・「何を、そんな馬鹿な事」って言われそうですが・・とにかく「何事にも自分だけのオリジナル」という事にこだわる僕の熱い気分を理解してくれた楽器担当スタッフに心より感謝です

早くリハ-サルで、ステ-ジ本番で「弾きたい」

もう2月が目の前となりました・・2月は意外と短く感じますよね

そして3月1日から、いよいよリハ-サル開始です

先日いつものステ-ジ・スタイリストと今回のバンドと僕のスタイリングで意見が一致

春らしく!軽快な中にもキッチリとしたファッションで

もう気分は「それ」一色となっております

第20話

ラジオでの「スペシャルLiveの詳細発表」お聴きいただけましたか?

サンデ-の伊神くん、サンクリの上田くん・・楽しいト-クでした

オンエア後に皆さんからの問い合わせが殺到したとのご報告で

「ラジオってやっぱり生きているんだなあ!」って嬉しかったです

2月5日、我々3人の月に1回の東京「ホテルオ-クラでの密会(笑)」も最終回でした

半年に及んだミ-ティングで僕達は「アイスティ-とスイ-ツ」をいただきながら

(毎回すべて拓郎の会計でした・・(涙)

あらゆる困難な事項を念頭に、1つ1つクリアしながら前へ進みました

お二人のご努力に僕からも敬意を表します

沢山の「難関」が存在していた事も事実でしたが・・ともかくクリア出来ました

僕の周辺からもあらゆる質問や問い合わせが続いています

「関東でもどうか?」「もっと大きな会場は?・・」etc

しかし今回のLiveは全て「僕の小さな想い」がスタ-トであり

その他の「要素」は入り込む余地がありませんでした

今だからお話しますが・・

3者のミ-ティングで「ライブハウス規模」での演奏も考えた事がありました

ミュ-ジシャンもドラム・ベ-ス・ギタ-・キ-ボ-ドもしくはドラムレスも含めて

最小人数でコンパクトに・・

検討しているうちに、ふと重要な事に気がついたのです

レパ-トリ-が限られてしまい愛するR&B風な曲を演奏しにくい

僕は音楽・バンドセッションが大好きな音楽人間です

今回の企画は「デビュ-から今までのあらゆる作品」にタッチしよう!でした

「伊神くん!上田君・・1年なんてアッと言う間に過ぎちゃうよね・・

秋とか、またミ-ティングするかね?ここで?アハハ・・うそうそ!!」

この連載は今のところLive直前までは続けて行きたいと思っています

リハ-サルの途中経過やetcをご報告しようと考えています

もちろん「セットリストや演奏曲順」なんて言いませんよ(笑)

第21話

僕は音楽の持つ本当の意味での「幅広い世界」に身も心も捧げた人間です

70年代初期の和製フォ-クソングという堅苦しいイメ-ジに縛られる事なくステ-ジでもアルバムでも多様な音楽を表現して来た!と思っています

広島に居た頃(この大会に出た事が僕の運命を変えたのかも知れません)

1960年代の中頃・・だったと思いますが?コロンビア全国フォ-クソングコンテスト広島大会という催しにほぼ「ひやかし気分」で1人で応募したら・・予想外にも審査員の目にとまり神奈川県の逗子海岸で行われた決勝大会でも3位入賞となりました

(その時代はまだ日本ではボブディランの名は、知る人が知る程度でした)

作詞は友人の書いたベトナム戦争への思いを、少し(テキト-に)アレンジしてメロディ-を「4分の5拍子」という、音楽的に大変に不規則な拍子で歌ったのです

当時、ジャズ界で驚きと斬新さで世界的な大ヒットをしたデイヴ・ブル-ベック楽団の演奏する「テイク・ファイヴ」からヒントを得て4分の5拍子で歌ってみよう!という・・まあ今でも誰も考えもしないでしょう

ギタ-1本で4分の5拍子やるなんてね

突飛な発想での演奏だったはずです(その頃から僕って予定調和が苦手でした)

東京での音楽人生が始まってから吉田拓郎というシンガ-&ソングライタ-は他のシンガ-やジャンルの方々からの作曲依頼が大変に多かった人間でした

もちろん全然ヒットしなかった曲や「そんな曲いつ書いたんだい?」的な曲も・・

でもね・・作った僕にすれば「それ等は全部僕の熱量の一部」だったわけで

大して話題にもならず忘れられてしまった曲たちも今も就寝時の枕元MusicPlayer(長年愛用だったiPodが故障し現在はWalkMan)で毎晩・・僕のニヤニヤ顔(夜中に気持ちワリ-かな?笑)と一緒に生きているのです

(内緒)富田靖子さんの「恋かくれんぼ」ってメッチャ歌いにくかったでしょうけどアレンジが抜群そして彼女のtadotadoshiiボ-カル抜群です

ステ-ジ上で僕は様々な音楽が持つ「リズムの特徴」を表現し続けました

アコ-スティックギタ-1本の弾き語りでは絶対に味わえないそれぞれの楽曲が持つ「個々のリズム感」による客席の「ノリ」が楽しかったのです

特に僕が熱心に取り組んだものに「レゲエ」がありました

ジャマイカの英雄ボブマ-リ-のアルバムやLiveに強く魅かれたのです

「いつか夜の前が」「アジアの片隅で」「無人島で」そして「王様たちの・・・・」その他

Liveでバンドセッションするのが大好きな僕は演奏中に心が天に昇っていました

僕のLiveでラストソングが終わって会場の客電がつく頃に流れるのは一生を通じて愛し続けるパ-シ-フェイスオ-ケストラの「夏の日の恋」ですよね

もう問答無用の美しいメロディ-とアレンジと演奏に僕なんて今でも「これ」が流れると泣いちゃいます・・それほどに好きなんです

さて・・いかがでしょう・・少し長くなりましたが吉田拓郎ってヤツをチョットだけでもご理解いただけたでしょうか

そう!ちょっとワカッテ来た!

アナタに今回のLiveチケットが届く事を心から祈っていますよ

吉田拓郎は「音楽が大好きで、それにはジャンルとかどうでも良くて

そして元々がバンドのギタリストだったのでセッションする楽しさを求めて」

4月にいよいよ・・やりまっせえ~(サンクリの上田さんみたいになっちゃったね)

追伸:キャンディ-ズに作った「銀河系まで飛んで行け」の事が・・

へえ~~今ねえ・・嬉しいですねえ

よ--し--!「やさしい悪魔」を・・やっちゃおうか?・・どうよ!

うっへえ~・・セットリスト候補曲が多くなっちゃってさあ

まさか・・ねえ・・「朝までやるよ-」(笑)・・なんてね

第22話

色々な歌手の方々からの作曲依頼にあたっては、僕から希望として

「作詞は拓郎ではなく他の方に依頼する」と言うのが大前提でした

(特別な場合に数曲だけ作詞もやった事がありました)

作曲しデモテ-プを作って(多重録音でベ-スやエレキリ-ド等を弾く楽しさが好き)

先方スタッフにお渡しする楽しみは

拓郎の作詞ではない方が、自由できままな世界が広がって行く気がしていたのです

松本隆・喜多條忠・康珍化・阿久悠など素晴らしいPOPな作詞家の方々の作品には

詞を見ているうちにメロディ-が浮かんで来ると言う

独特の「言葉のリズム感」と言うものが感じられましたから

メロディ-をつける時に「彼等の歌詞をメロディ-に添って修正する」

と言う事はまったくありませんでした

岡本おさみの場合は70年代のフォ-キ-な影響が非常に色濃く存在していて

大きな特徴に「言葉を羅列する事が最優先」で

「韻を踏んだり、言葉の持つリズム感を意識する」という感覚は皆無でしたから

メロディ-に「はまる」ように「言葉づかい、言いまわし」を変える事が多かったのです

(岡本おさみの作品を僕が歌う場合は、僕なりに言葉のノリを作り出せましたが他の歌手の方への提供は非常に難しく・・由紀さおり、森進一への2作品はお二人の見事な歌唱で世の中に流れましたが・・他にも沢山の依頼があった事も事実で、それ等は全て失敗でした)

アメリカでのボブディランの初期の作品にも

「言葉を叩きつける」ような作品が沢山ありましたが

彼の絶妙なリズム感は「ライク・ア・ロ-リングスト-ン」でも聴く事が出来ますが

吐き出すような言葉の連続でありながら「独特のリズム感」がありました

「歌詞」つまり「歌のための詞」というのは

実は独特の生き物なのであり、言葉の持つリズム感こそが命なのだと確信しています

僕の音楽人生のLiveステ-ジで文句なしの定番となった「春だったね」は

当時の深夜放送「TBSパックインミュ-ジック」への一般の方からの投稿でした

素敵な「リズム感」と「青春の情景描写」は歴史的な1作となりました

第23話

2012年から関東近郊での日帰り可能なLiveに専念していました

その時期は僕にとって最も体調が不安定な季節でした

かかり付けの医師から「決定的な原因とかは見つからない・・

年齢的な過渡期にみられる一種のウツのような症状」との見解で

特に処方される薬や治療方法も無かったのですが

「拓郎さんが愛する音楽を続ける事できっと精神的にも安定して来るよ」と

何とも嬉しいアドバイスをして下さいました

体調をみながら2012年、2014年、2016年と関東圏だけでのLiveをやりました

あの頃、最も苦痛に感じたのは「長時間の乗り物」だったために

車をチャ-タ-して日帰り可能な場所に限定したのです

(途中で何度も息抜きの休憩を取っていました)

しかし2016年のツア-リハ-サルを行っていて気がつきました

「あ・僕は元気だ!体調が戻っている」と

2019年のツア-を企画する時に

「少し足を伸ばしてみたいから静岡と名古屋のイベンタ-に相談して」と

主催者に告げました

その決断に迷いは無く、体調が完全に復活した証しでもあったのです

そして名古屋で素敵な一夜を迎える事になります

久しぶりの新幹線で名古屋へ向かいました

僕の体調に何ら異変は無く、すこぶる元気で快適な旅となりました

センチュリ-ホ-ルでの文句無しのLiveは今でも忘れられません

Live終了後にイベンタ-から案内されたイタリアンレストランでの

ミュ-ジシャン全員との夕食会は本当に「美味しい、楽しい、幸せな」時間でした

関東近郊での日帰りLiveの頃は・・ステ-ジ終了後は各自その場で解散でした

あの「王様たちのハイキング」のような音楽仲間とのフリ-な夜は

姿を消していた事に気がついたのです

2019年Liveでは新曲「運命のツイスト」の間奏で僕は・・恥ずかしかったけど・・

ツイストを元気に踊りました!

今回も・・何か・・やりましょうかね?

あっ、もうお忘れでしょうか?僕が第19話のブログで書いた事について・・

マジです!僕の生涯で1度も「やった事がありません」

それは・・やります・・もうスタッフとも打ち合わせ済みです

皆さん絶対に・・笑わないで下さいよ

次回へ

追伸:Liveチケットは大変に入手困難な状況だと聞いています

でも!でも!絶対に!転売などの悪質な方法で利益を得ようとする

許せない連中に近づかないで下さい

2019年に私達はその種の転売を行っていた人物を探し当て

法的な手段にお願いした経緯があります

転売・・絶対に許せない行為です

第24話

いよいよ3月1日からリハ-サルを開始します

セットリストも今のところ候補曲が多いので

「全部やって!」ってオッシャル方もいらっしゃるでしょうが・・

そうすると「朝までやるよ-!」って事になるので

そうなるとステ-ジ上のタクロウやバンドだけでなく

客席の方でも異常事態に陥りかねない(大笑)

アハハハ・・やめとこうよ・・あれは・・あの時だから皆んな美しかった

今回はバンドのメンバ-が「演奏した事が無い曲」ってのが結構あるので

まずは、それ等のリハから始めようと言う事に

僕も本当に久しぶりに歌う曲や初めて歌う曲もあって

スゴク緊張しながらも楽しみがいっぱいです

リハ-サルを始める前に僕が「個人的に決めておきたい項目」があって

それについて伊神・上田両氏と密談しました(まだ言ってる)

僕のパ-ソナルなリクエストNO,1は

名古屋で大阪で何が食べたいか?・・(それかよ-)

とにかく美味しいディナ-は年齢的にも絶対!なのです

若かった頃は何も食べなくてもいいから「飲もうぜ」ってバカでしたが

現在はノンアルでいいから「食べようぜ」って大人になったのです(涙)

僕が心の中で密かに期待している名古屋と言えば!大阪と言えば!

皆さんが想像している通りで、ごく常識的なリクエストなのです

ディナ-と言えども高級料理なんてまったく興味無しです

名古屋では「あれ」を、大阪と言えば「それ」を食べなきゃ-ねえ

「ヤッホ-!嬉しいなあ、楽しみだなあ!よ-し、リハ-サル頑張るぞお~」

(僕って・・ほんとに・・カルイんだよね-)

P.S:「りくりゅう」素敵だったなあ!感動と共に感涙の連続でした

フィギュアスケ-ト「ペア」という競技にさほどの興味が無かった僕は

今回のオリンピックで大いなる体験と学習をさせていただきました

まだまだ、いっぱい、世界中に未体験の「素敵」があるんですよねえ

今日も明日も未知の素敵に逢えるかも、ね。

次回へ

第25話

リハ-サル第1週が終了しました

僕が通常で使っていたリハ-サルスタジオ(湾岸で海を感じる環境)が

今回はスケジュ-ルの都合で使えず

東京でも、言わば住宅街に存在するスタジオでのリハとなりました

(ここは2006年つま恋Liveの時にも使用しました)

僕の自宅からスタジオへ向かう道筋とでも言いましょうか

圧倒的に湾岸stへ向かう(そして帰る)道路の方が広々とした景観で

日々の疲れも癒やされますが

今回のstは住宅街を縫うように車が走るため・・チョイ気分がダウン

日曜日にもう一度リハやって・・その後は今度は

かなり都会的な匂いのする場所にあるスタジオへ移動します

レコ-ディングでもリハ-サルでも、僕は環境に影響されるタイプなので

今回ちょっと疲れましたが・・しかしバンドのミュ-ジシャン達はスゴイです

新たに若いギタリストとベ-シストそれにサックス奏者を入れた効果で

実にダイナミックでポップなバンドサウンドになっています

セットリスト候補曲を全て演奏してみて

僕の判断で「この曲は歌っていて気分が高揚して行かない」って曲をカット

(白状しますが、歌ってみた結果・・中にはそんなレパ-トリ-もあるんですよ)

ステ-ジでの、ほぼ全体像が見えてきました

とにかくオ-プニングだけで・・おっと・・言えない・・言えない!

でも・・間違いなく・・絶対に・・皆んな・・ステ-ジも客席も興奮して・・

だからア・・言うな!・・・・ってばア(大笑)

でも・・つくずく・・毎日のリハの帰り道、車中で想う事があります

それこそが、僕が人生を通して愛し続けている音楽の素晴らしさ

疲れています!それはそうです・・僕の年齢で毎日5時間強を

歌い続け、重たいエレキギタ-を肩に立ちっぱなしです

ところが、このジジイは(僕です)

毎日、最後まで声を枯らしながらシャウトの連続

スタッフが用意してくれている果物をオヤツにしながら(美味しいです)

とにかくボ-カルに手抜きはしません!

だからバンドミュ-ジシャン達も燃える情熱の炎の如く(ステキな表現です)

ソウルフルに演奏して僕を盛り上げます

僕のツア-で定番、と言うより絶対的な存在感のボ-カルチ-ム

(僕は2016年のツア-から彼・彼女等をバックコ-ラスとは呼びません!

彼等の存在は、バックではなく!単にコ-ラスでもなく!

僕と同じ4人のボ-カリストなのです)

愛するR&Bやソウルミュ-ジックで絶対的なのが彼・彼女等の存在です

今回もマジ素敵なボ-カルを聴かせてくれます

そんな「ものすごい」リハ-サルを連日繰り返して

それでも、今の僕の身体に感じる疲労感は?と言えば

そうです!これは「快感」に間違いありません!

僕もミュ-ジシャン達も1つの事だけがテ-マです

「ステ-ジに立ってソウルフルな音楽で会場が1つになる瞬間を味わいたい」

次回へ

第26話

先日までは東京の世田谷区のリハ-サルSTでのレッスンでした

僕的にはチョット遠くて往復での疲れも感じました

昨日から赤坂という場所へ移動してのリハです

僕の住むマンションからも近いし・・何より往復の景観が見慣れた街で

精神的にも疲労度が少なく感じます

そのせいか・・今回Liveの「まず第1弾のス-パ-玉手箱」となるオ-プニングを

昨日は何と2回も、通しでリハやっちゃいました

このオ-プニングは1回やるだけでマジ・・息がアガリます

ラッキ-にもチケット獲得された方々は当日、客席で体感されるわけですが

吉田拓郎のソウルをこめたアレンジとボ-カル、多彩な音楽の躍動

僕が今!自信を持ってお届けする「魔法のタイムマシ-ン」に

ステ-ジ上のメンバ-も、会場にいる皆んなも一緒に笑顔で乗りましょう

広島で大学生の時代にR&Bバンドの1人として色々なステ-ジに立っていた

あの頃の曲も歌いましょう

僕は色々なシンガ-の方々への楽曲提供もいっぱいありました

その事も僕の音楽人生での大いなる誇りでもあります

そんな中から今回はアレを楽しく歌いましょう

もちろんソレは・・はずせないですよね!

そしてコレも・・

あ---もう---時間が足りませんねえ

もう現時点でかなり予想をオ-バ-しそうです

だってねえ・・単に演奏時間だけで、もう2時間近くです

当然僕の面白MCもあるでしょうし・・ねえ(笑)

でも・・今回は・・サンデ-とサンクリの両ボスのご配慮で!

少し予定を・・ね!

次回へ